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写真:西崎櫻鼓

西崎櫻鼓リサイタル「櫻鼓Infinity」

駒込/天然寺にて

「櫻鼓インフィニティ」によせて

西崎櫻鼓の初リサイタル「櫻鼓Infinity」を見た。この若い日本舞踊家は面白い。そう思い感想を書いたところ、櫻鼓本人が文章を気に入ってくれたそうで、畑違いの僕の文章をホームページに使ってくれるという。きっと、日本舞踊のプロとはまったく関係のないポイントで見ている素人の目線から書かれたところを楽しんでくれているのかもしれない。

さてこの公演、第一部は累草紙(かさねぞうし)という落語で踊る。これは、伝統芸能舞台演出家の村尚也氏のアイデアにより作り上げられた作品で、初演は25年ほど前のことだそうだ。林家彦六師匠の名調子の語り口と、長唄と、歌謡曲と、そして日本舞踊とがコラージュされた、摩訶不思議な舞台である。これは初演のときは、5名の出演者で行われたそうだが、それを櫻鼓は1人で演じ切ったのだ。この1人でやりたいと考えたのは櫻鼓本人であるが、その演出を投げられた村尚也氏もたまったものではなかっただろう。
私はリアリティとは何か?を突きつけられたような気になった。それは、彦六師匠の語り口と、この物語に起因するのだが、、何と言うか、、、語りと音楽だけではモノクロの世界であるのだが、それを櫻鼓が踊ることによってカラー映像になったという感覚になった。その上、説明しすぎずに、イメージの広がりは、観客それぞれの頭の中にまかせられる。摩訶不思議と感じたのはこのことである。

現代のテレビドラマは面白いが、すべてを見せてしまう。また、やっかいなことに関わらないように、大切な人の感情の“ある部分”を隠して、ドラマを作り上げる。よく深夜放送の映画をみていると「一部放送にふさわしくない台詞が含まれていますが、芸術作品であり、作者が表現した制作当時のまま放送しています。あらかじめご了承ください。」・・・といったような、あれである。どうも、へんな文章で、その不適切な箇所がどこかは言わない。気がついた人には?ごめんなさいと先に言っておくから許してね。?という文章である。そして、現代は、そこに抵触しそうなものは、最初からすべてを排除して物語を作り上げる。どう考えても、こちらのほうが無理がある。人間とはそんなものではない。
そう考えると、この櫻鼓の踊り、演じた「累草紙」は、かなり過激であり、人の心をえぐる渾身の踊りであった。これを一人でやると言い出した、彼女の炎のような心が、日本舞踊の世界にあるとは、古典芸能をしらぬ私にとっては、衝撃的な一夜だった。

その第二部は、これがまた面白い。人間はきっと他界すると、こんなことがありえるのだろうと納得しながら見てしまった。まったくちがう曲を繋げて、ストーリーを作ってしまっている。人の感情の揺り動かし方を良く知っている。たった12分程度の世界の中に、笑いも涙も切なさも、入っているのだ。面白い世界が日本舞踊にはあると思い知らされた。西崎櫻鼓はこれから、どんなことをやって行くのか?注目していきたい一人である。

音楽ディレクター:西嶋貴丸

がんこ:銀座一丁目店
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